【重要/幸福学】GDP成長と幸福度の比較で見えてくる衝撃。僕たちはマボロシを追いかけていた?




宇宙の子マサです。

 

幸福学を学ぶ中で、まさに幻想から醒めるような衝撃と、

同時に、僕たちは次の時代の新しい価値観を、

今、築いて行く時だと感じる発見があったので、

今日はそれについて書きます。

 

 

僕たちへ続く時代を作ってきたもの。

遡ること、ほんの75年前の1945年。

住む家も失い、食べ物もない、困窮を極めた状況が続いた戦争が終わり、

ボロボロになり焼け野原となった、

人々の生活と日本経済を立て直すため、

先人の方々は必死に働き、仕事を作り、

子どもたちに自分たちが体験したようなひもじい思いをさせまいと、

食べ物が食べられる、住む家がある、働ける仕事がある、

そんな「当たり前の生活」を、国民一丸となって目指して来られました。

 

そして日本は高度経済成長期へと突入し、

結果、戦争が終わった、たった20年後の1965年には、

なんと日本はアメリカに次ぐ、

世界に2位の経済大国にまで上り詰めました。

 

こうして時系列で足元を見ると、

今、僕たちの基盤となっているものは、

戦後の、貧しく生きていくのもやっとの状況から脱却し、

豊かな生活を送りたいと、

物質的豊かさを追い求めてきた延長線上にあるものだとわかります。

 

例えば、地球環境のためだったり、

良質な食べ物を追求できるのは、

自分の生活が一定水準まで満たされて初めて進める段階で、

明日食べることで精一杯の状況にある時、

豊かになりたいと望むことは、

人間として当然な欲求だと思います。

 

 

ここで、こちらのグラフをご覧ください。

これはGDP(国民総生産)と、

生活満足度を調べ、一つの図にしたもので、

僕はこれに目が醒めるような衝撃を受けました。

図:生活満足度と一人当たり実質GDPの推移(1960〜2010年)/前野隆司著『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)より

これを見ると、戦後と比べて日本のGDPは6倍に成長しているのですが、

なんと、生活満足度は、ほとんど横ばい、になっています。

生活満足度と幸福度は、まったく同じ概念ではないですが、

これを見ると、どんなに物質的に豊かになっても、

幸福度も比例して増えるわけではない

という驚きの事実が見えてきます。

 

 

アメリカのGDPとGPI(豊かさや幸せを測る指数)を調査した結果も、

同じようなものとなって、

物質的には何倍も豊かになっても、幸福度はほぼ横ばいを続けています。

 

 

このグラフはドイツで大規模に行われた、

家に不満があって引っ越しをした人の、

満足度と幸福度を調査した結果です。

図:「幸せ」について知っておきたい5つのこと〜NHK「幸福学」白熱教室/NHK「幸福学」白熱教室制作班、エリザベス・ダン、ロバート・ビスワス=ディーナー(中経出版)

これを見ると、新しい家に引っ越した直後は、

家に対する「満足度」は高まりますが、

「幸福度」は、ほとんど変化していないことがわかります。

 

 

あの車が、あの家が手に入れば、

あの人と結婚すれば、もっとお金があれば、、、

と特定の状態にいれば、自分が幸せになると思い込み、

その状態が自分の幸せになれる分岐点と信じ込むことを、

「フォーカシング・イリュージョン」

と言います。

 

日本語に訳すと、

「幻想(まぼろし)を信じている状態」。

砂漠の中に現れた蜃気楼のように、

たどり着いた場所にオアシスはなく、

水はさらに遠くの陽炎の中に見え、

進めども、その潤いに満たされることがない、という人の心理。

 

 

幸せの形は1000万年前から変わらないもの

イリノイ大学の名誉教授のエド・ディーナー博士ら、

ポジティブ心理学の先駆者の方々が、

「幸せの人たちの共通点」について徹底定期に調査したとき、

絞り込んだ上位10%の人たちに共通していたのは、

「家族や友達など社会との結びつきが強く、良好な人間関係を築いていた」

ということだったそうです。

 

つまり、ものすごく短絡的言ってしまえば、

幸せとは、繋がりによる「温もり」で、

それは時代や科学の進歩と共に増大したりするものではなく、

ヒト化の哺乳動物としてアフリカの森で暮らしていた1000万年前から、

変わらないものだと思います。

 

事実、初めのグラフでも紹介しましたが、

どんなに経済的に物質的に豊かになっても、

幸福度は1950年以降、横ばいを続けたままです。

 

 

まだGDPで世の中の価値を測る?

戦後の貧しさを原動力に、

日本も豊かさを目指して進んできました。

戦争から復興し、経済的に豊かになることが、

当時は人として抱く、当然の指標だったと思います。

 

そして日本も経済的に十分豊かな国になりましたが、

その代償も大きく、

大規模開発や大量消費を行ってきた結果、

環境を破壊してしまい、

今後の人類の生存さえ危うい科学的予測を、

日常的に目にするような状況になってしまいました。

その上で、これからも経済的に発展をし続けていこうとすることは、

貧しかった戦前・戦後のルールで、これからもやっていきましょう、

というもので、

もうあちこちでボロが出て、行き詰まっています。

 

今、第2波が始まっているコロナ禍でもそうですが、

新鮮な空気や土地や、

豊かな自然や海があることの大切さだったり、

家族や人との繋がり、

そして、これからどう生きていくか見つめ直す機会となっている人は、

少なくないと思います。

 

まさに今僕たちは、

物質的に豊かになることが幸せという幻想のみを追い求めることから、

身の回りの自然環境の健康状態や、

人との繋がりの良好さなど、

自分を取り巻く環境の状態も含めて、

幸せというものを考えてゆく時で、

そしてそれが次の時代の価値観となってゆく。

そんなふうに今想っています。

 

幸福学についてさらに深く考察して行きたい方は、

今僕が読んでいる、この2冊もチェックしてみてくださいね。

 

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