【HSP】人生を変えていくにために、愛される努力をやめ、見せかけの自分と決別をすること。




Om Swastyastu 宇宙の子マサです。

 

今日もこちらの本、

『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち(イルセ・サン)』から、

考察を深めて行きたいと思います。

 

敏感なタイプであるHSPの人たちは、

自分がどうあるべきかについて、

高い基準を設ける傾向にあるんですね。

 

例えば、

親切心、もてなしの心、気遣い、相手への注意、思慮深さ、責任、他の人への関心。

特にこのようなものに対して、

HSPに人たちは完璧でないといけないと思っている。

 

その根底にあるものは、

『自尊心の低さ』で、

それを補うために高い基準を設定してしまっているんですね。

 

 

補足
自尊心と自信についての違いについて著者はこのように定義しています。

  • 自信/自分の能力と行動に対する信頼
  • 自尊心/自分の内側に潜む芯の部分を感じ、自分の芯を信じる心

 

 

自尊心が高い人で、自信がない人は滅多にいなく、

自信満々な人の自尊心が、低いことはよくあるそうなのですが、

愛される価値が自分にあると信じる気持ちが弱ければ弱いほど、

それを取り返そうとする戦略を取る。

 

その結果、例えば仕事で何かしらの評価を得たとしても、

認められているのは、

『評価を得た自分』であり、

『そのままの自分ではない』と考え、

評価のない自分には価値がないので、

また一人ぼっちになったり、

みんなに見放されしまわないために、

HSPの人にとってはとても苦しく、

エネルギーを消耗し続けるような、

『愛されるための努力』という、

ラットレースを走り続けていきます。

 

 

日本の空気感が重く感じる理由は、

愛着軽視社会の影響によって、

『ありのままの自分が愛されている』と感じれることが少なく、

『認められたい』『愛されたい』

という欲求と努力に満ちてるからなのかなと僕は思ったりします。

こうした空気感は世界では少数で、

家族や地域との、しっかりした愛着関係がある国や地域では、

そうした張り詰めたような空気感は、僕は感じないです。

 

 

This is Me〜これが私なんだ!〜

こうした、気持ちが満たされることのないレースから抜け出すための、

解決策の一つは、

ありのままで愛される経験をしていくこと。

期待通りの自分になることをやめ、

愛されるために行っていた様々な努力をやめ、

結果や評価に自分の価値を投影するような、

見せかけの自分と決別すること。

 

そうしたことはHSPの人にとっては恐くて、

とても勇気のいることです。

 

一人になってしまうのが恐くて見せていた、

嫌なのにいいよと言ってしまう自分、

この場から離れたいのに、楽しいように振る舞う自分、

気を遣いすぎてフラフラなのに、何でもないように見せる自分、

それを見せることで、

誰かは近づいてきてくれるかも知れないし、

まだ誰かは離れていくかも知れない。

でも、これが自分なんだ!と、

周りの人に、そして自分自身に示していくこと。

 

焦らず、ゆっくり、少しつづ、

カタツムリの歩む速度でいい、

小さな勇気の道を選択して行きましょう。

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